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日々のしをり

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フランスのおじいちゃん


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            NHKの番宣より。


例年同様に、このところテレビでは戦争にまつわるドキュメンタリーなど様々な番組が放映されている。

そうした番組を見るたびに、戦後も70年以上ともなれば、そんな風に番組などでその実相に触れる機会がなければ、いきおい戦争というものが観念的に論じられてしまいがちなことを、つくづく思い知らされる。
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それらは当然ながらほとんどはシリアスな内容ばかりで、ついつい気持ちも重くなってしまうのだが、そんな中にあって、先日ある番組でホッとするようなチャーミングな場面があった。

それは、ナチスドイツがフランスの占領を進行中、絵本「おさるのジョージ」の作家であるドイツ生まれのユダヤ人、レイ夫妻の知られざる過去にフォーカスをあてたもの。

夫妻はナチスの魔手を逃れて自由の国アメリカへ渡航するべく、自転車に乗ってパリから脱出、あの名画「カサブランカ」を想い出させるポルトガルのリスボンをめざして必死の逃避行をした。

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番組は、よく知らないのだが多分「おさるのジョージ」が好きな女優なのだろう、二階堂ふみという若い女の子がユダヤ人夫妻の足跡を辿るという趣向だった。

逃れ行く先々の様子は絵本の愛らしいタッチでアニメ化されていて、その現場を少女っぽい女優が訪ねるというマイルドな演出であったが、実際のユダヤ人夫妻の命懸けの逃避行はよほど緊迫したものであったろうと思われた。

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そんな番組中、フランスのどこかは忘れたが、その若い女優がユダヤ人夫妻が逃れて行った先の田舎町で一人のおじいちゃんに出会うシーンがあった。

その時、外見はもうかなり枯れているように見えるフランスのおじいちゃん(私よりもだいぶ年長だろう)は、すぐさま、まるで孫のようなその女の子にこう言ったのだ。

“ 誰にもこんなことは言ったことはないけど、あなたは美しい。”

               ●

“ 誰にもこんなことは言ったことはないけど ” 、かぁ・・・。

フランスのおじいちゃん、トレ トレ ビアン!!





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# by sido-nikki | 2017-08-15 13:42 | テレビの話 | Comments(0)

原爆の朝

          

知った風な安易な気持ちで句を詠むような季題ではない。

そう思っているが、今日も朝から暑くなりそうな晴天、たまたま開けた窓の網戸越しに、快活な声が聞こえてきた。

その朝も、きっとそんなだったのだろう・・・。




      おはようと交わす声して原爆忌   子瞳





【追記】(8月9日記)

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          長崎市浦上教会の被爆マリア像。




       相生の橋の名かなし広島忌   子瞳



       身ごもりしマリアの像や長崎忌





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# by sido-nikki | 2017-08-06 11:43 | 日々のこと | Comments(0)

磯の蟹

                          【追記】あり
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        蟹悪さしたように生き   風天



私はこの句がなにかいいなぁ・・・、わかるなぁ・・・、と思う。

そして、世の中にはこの句を読んで、そうは感じない人もいるんだろうなぁと思う。

感じ方は人によって様々だから、どう感じるのが良いとか悪いなんて言えるはずはない。
               ●

もうお気付きの方もいらっしゃるかと思うが、この句を私が知ったのは、だいぶ前のことだが、たまたまテレビを点けたらNHKでその番組をやっていたからだ。

そう、掲句の風天という俳号から偲ばれるように、その番組は今は亡きあのフーテンの寅さん、渥美清のなにかと謎めいた生前の素顔の断片を、残された俳句の数々を通じて紹介したものだった。

               ●

そそくさと横歩きして、すぐに岩の陰とか穴の中に隠れてしまう蟹。

それが何かこそこそ悪さをしつつ生きているみたいだという、その感覚・・・、きっと渥美清という人はどこか屈折したものを抱えていたのだろう。

そして、その句に深くシンパシーを覚えるのは、きっと私の心もまた屈折しているからだろう。

               ●

人生いつも陽の当たる道ばかりを、一点の曇りなく堂々と胸を張って歩いて来た人なら、あるいはこの句のよさが判らないかも知れないが、それはそれで一向に構わないように思う。

だが、多分、私はそういう人とは友達にはならないだろう。

               ●

それはそうと、渥美清という人のことなのだが、僭越かも知れないが、今も私はなんだかあの人は残念な人のように思われる。

どうして、ああも長い間、フーテンの寅さんを演じ続けて、それで亡くなったのだろう・・・。
       たち
私は飽きっぽい質だから、出来上がりがほぼ定まっている類いのことを繰り返しやることが苦手だから、特にそう思うのかも知れない。
               ●

そもそもあのフーテンの寅さんは、元々は僅か数回で完結するテレビドラマで、遠い昔にそれをリアルタイムで観た記憶がぼんやりと残っている。

そこでは、その時から渥美清の演じる寅さんはもっと荒くれたキャラクターで、たしか最後は沖縄でハブに咬まれてあっけなく死んでしまったのだ。

それがウケたものだから、松竹がシリーズ化して、寅さんも当初はもっと荒くれた雰囲気があったように思うが、それがいつしか、どんどん丸くなって・・・。

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だが渥美清は映画も40作を超えたころ(全49作)、『咳をしても一人』など自由律の句で知られる俳人の尾崎放哉を演じたいと、自ら脚本家の早坂尭に持ち掛けたことがあるそうだ。

話は順調に進んで、二人で放哉終焉の地の小豆島までロケハンにも行っていたそうだが、訳あって、その話は頓挫したらしい。

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その後も、同じく自由律の俳人として放哉と双璧の種田山頭火の役の話が、今度は早坂のほうからあったようだ。

酒で身を持ち崩した放哉や山頭火に渥美清が惹かれ、演じようと思ったその気持ちは、風天の句を読めば何となくわかるような気がする。
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だが、残念なことに、とうとうそれらは叶うことはなく渥美清は逝ってしまった。

それを知って尚更のこと、私など与り知らぬ事情もあったのだろうが、それにしても、どうしてああも長きに亘って渥美清はフーテンの寅さんであり続けたのだろう・・・。

あのちょっと荒くれた寅さんは、映画の中ではなくて、やはり自由律が光る俳人「風天」の中にいるように私は思う。






【追記】(7月23日記)

「蟹」といえば、石川啄木の短歌を想い出す。



   東海の小島の磯の白砂にわれ泣き濡れて蟹とたわむる



啄木は26歳にして亡くなっており、この一首はまだ二十歳前に、函館の浜で詠んだもののようだ。

               ●

啄木には、春の日が差して、薄くて柔らかい言の葉の表皮が透けて見えるそのまだ細い葉脈に、まるで若い血液が走り流れているような・・・そんな想いのする歌が何首もあって素晴しいと思う。

だが、それがともすれば抑制を失って、率直に言うなら、その言の葉の発する甘ったるい香に辟易とさせられる歌も少なくはない。

この啄木の初の歌集『一握の砂』に収められた一首は、残念ながらその香を発しているように私には感じられる。

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短歌と俳句は、基本形としては前者が三十一音で後者が十七音、一見似ているようだが、それらはまるで似て非なるものである。

雑駁な言い方かも知れないが、短歌は主として己の情念を歌うもの、すなわち自我そのものを詠むものであるように思う。(もちろん例外はあるだろうが)

一方、俳句は主として己の情念を離れるもの、すなわち自我から発してはいても非我(私ではないもの)を詠むものと私は思っている。
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更めて啄木の歌と風天(渥美清)の句を見てみると、つくづく短歌と俳句とは別物だなぁと思ってしまう。

中には短歌も俳句も両方こなす、たとえば正岡子規のような人もいるが、なんと器用な人なんだろうと感心せずにはいられない。






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# by sido-nikki | 2017-07-22 17:39 | 俳句の話 | Comments(0)

暑中お見舞い申し上げます


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        PMF/屋外コンサート(札幌市・芸術の森)


突然私ごとですみませんが、私、今度生まれ変わったら、ミュージシャンとか音楽の演奏家とか言われる人になりたいなぁ・・・と思っています。(その二つがどう違うんだと言われるでしょうが、私の中では違うんです)

また昔の話で恐縮ですが、その頃はもうサラリーマンになっていたんですけど、学生の時から大ファンだった『サンタナ』のコンサートに行ったのが、そもそものきっかけだったように思います。

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学生の頃に、いわゆるレコード(!)がすり減るほど聴いていた「ブラックマジックウーマン」なんかを、生で、耳がおかしくなるほど前の方のPAのすぐ側の席で聴いて、その帰り道にそういう気持ちが浮かんだのです。

美術とか文学とかもいいけど、なんだか音楽というものには敵わないなぁ・・・と、耳も頭もボーっとしながら、つくづくそう思ったのです。
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じゃあ具体的に、どんな楽器の演奏家なの?と問われたら、『サンタナ』とはかけ離れているのですが・・・・例えば、洋物ならチェロ奏者とか、アジアンなら胡弓奏者なんかいいなぁ・・・、なんて想うのです。

少々、渋好みに思われるでしょうが、これも昔のことですが、30代も半ばを過ぎた頃、アメリカのスキー場で有名なアスペンというところに視察に行ったことがきっかけです。

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それはアスペン市が今も夏場の観光客誘致のために行なっている将来有望な若手の演奏家によるクラシック音楽祭で、日本でも札幌市がバーンスタインを招聘して始めて以来、広く知られるようになった「PMF」(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の元祖みたいな音楽祭です。

なにしろ、ノンターボ車ですと明らかに息切れするような三千メーターを超える高地、強い紫外線の下、緑の中に設らえられた大テントのメイン会場に、開演のだいぶ前に到着しました。

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すると、会場の横に、すでに若い学生さん達が集まっていて、皆ラフな格好のままで音合わせをしつつ談笑しているのです。

なんという清らかな光景、なんという若さの輝きでしょう・・・。

その様子を、暫くほれぼれと眺めていたものです・・・。

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残念ながら、私の育った家庭環境は、音楽からは遠いもの、というよりは、そもそも大きな音を出すことは厳禁という感じでした。

親元を離れて上京してから、フォークソング全盛の時代、ご多分に洩れず私もギターを手にしたこともありますが、弦を押さえる指がどうにも痛くて、ほどなく断念しました。(なんと軟弱な・・・)

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実は私は、札幌で「PMF」が始まって間もない頃、会場のすぐ近くに住んでいたことがありました。

「PMF」の始まった当時はたしかピクニック・コンサートと名付けられた野外コンサートの日には、おにぎり片手に歩いて行って、後方の芝生席に寝転びながら、時々は演奏に気持ち良くなって昼寝もしつつ、日がな一日それを楽しんでいました。

その頃からすでに五嶋みどりさんの弟ということで、注目されていた五嶋龍さんがまだ小さな可愛い子供の頃で、その手の玩具のような小さなバイオリンが今も目に焼きついています・・・。

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今年の北海道、そして札幌の夏は、異常なほどの暑さのようです。

その報せを聞いて、ついこんなことを想い出してしまいました。

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梅雨がまだ明けていなくて、ちょっと気が早いかもしれませんが、末筆ながら暑中お見舞い申し上げます。

本格的な盛夏はまだこれから、皆様、くれぐれもご自愛ください。






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# by sido-nikki | 2017-07-16 19:26 | 心に残ること | Comments(0)

蓮舫さん



今は昔、サラリーマンをやっていて、札幌の支社に勤務していてようやく一人前になった頃だったろうか、何度か新入社員採用の一次面接官をやったことがある。

その日は、休日だったと思うが少し早めに集合して、面接に当たっての事前のレクチャーが行なわれた。

それは、どういう基準で審査するかということは勿論だが、それと「べからず集」、すなわち学生さんへ質問してはならないことを、予めしっかりと認識するためでもある。

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初めて面接官を仰せつかった時に、へぇー!こんなことも訊いちゃダメなのかと思ったことが幾つかあったのだが、その理由を聴くとどれも成る程なぁ・・・と思ったものだ。

今日のように、コンプライアンスとか、過剰なほどに個人情報云々とか言われるなんて思いも寄らない時代だったが、その中に、「親の出身地を訊いてはいけない」というのがあった。

その理由はここで一々詳しくは述べないので、それぞれで考えていただきたいが、それは基本的人権に関わること、優位な立場をいいことに、出自を問うようなことは基本的に絶対にNGなのだ。

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企業というものは、なにも社会の正義の実現を一義として、そういうことに細心の注意を払っている訳ではないことは言うまでもない。

その目的はもっとドライなもので、究極的には営利のために、ことの是非というよりは、万一そのことによって企業活動に支障を来たさないないようにしているのだ。

そのこと自体、私は何もおかしいとは思わないし、今も当然のことと思っている。
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何故こんなことを言い出したのかというと、民進党の蓮舫代表が以前からくすぶり続けてきた二重国籍ではないかとする反対勢力からの指弾に応じて、自らの戸籍を開示すると表明したからだ。

私は、実はその蓮舫さんのことが好きではない、というか正直に言うと、もう少し積極的に・・・嫌いだ。

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もう皆忘れたかも知れないが、彼女は自らも公職選挙法違反ぎりぎりの同様のことをしていながら、臆面もなく自民党の女性大臣に対して呵責のない攻撃をして(ウチワ配布問題/通称ウチワもめ)、とうとう失墜に追い込んだ。

ある時は、党の代表のポストのためには、公の場であるにもかかわらず(公の場だからこそ?)、それまでの代表の人物評を問われ、 “ 面白くない人 ” と言い放った。

そういう、目的のためには禁じ手を平気で用いて、なんら痛痒を覚えないらしい、その、人としてのモラルの低さ・・・。

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それと、それ以前のこととして、あのいつだってテンパった風の表情と態度物腰、あのキンキンした口調・・・、ああイヤダ、僕。

女性の上司は構わないけど、ああいう人の下だけは勘弁願いたい。

テレビで彼女を見ていると、つい、モシモシ・・・と小声で言ってやりたくなってしまう。

              ●

だが、イヤなのは蓮舫さんだけではなくて、よほど人材がいないのだろう、そういう人を代表に据える民進党そのものだ。

今日、安倍政権をこうまで傲慢にして、やりたい放題、憲政をほとんど危機的な状況に陥らせてしまった責任は、もちろん安倍自民党にあるが、それ以上に、民進党(旧民主党)にあると私は思っている。
     、、、
せっかく、あの時に、長期支配でゆるみ切った自民党を、えいやぁ!とひっくり返した、本来は保守傾向の強い国民(私もです)の期待をものの見事に裏切って・・・。

              ●

しかしながら、言いたいのは個人的な好き嫌いなんかじゃなくて、二重国籍云々でもなくて、まるで彼女がなにか犯罪の嫌疑でもあるかのように、何故に国籍の疑義を執拗に糾弾され、その証明に応じなければならないのか、その理不尽についてである。

これは明らかに、人としての根源的な、憲法で保証された基本的人権を蹂躙する、偏見に基づいた差別ではないか。

仮に彼女が二重国籍だったとして、それがいったいどうしたというのだ。安倍政権お好みのグローバル社会では当り前のことではないか。
              ●

にもかかわらず、当の蓮舫さん、毅然としてそれに反論するかと思いきや、どういうお考えを以てか、それにあっさり応じるとは、果たしてどういう了簡なのだろう。

それは、他でもない今日のこの国の驚くべき愚劣な政治の振る舞いに屈して、その蛮行を容認することを意味するとは考えないのだろうか。

さらに事は彼女にのみ止まらず、野党第一党の党首によって裏書きされたその蛮行を敷衍させることになりかねないとまで、彼女の想像の射程は及ばないのだろうか。

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こんなことは勘ぐりたくはないが、またもや人としての矜持なんてどこ吹く風、目的のためには手段を選ばない、あの哀しい心根が、よもや頭をもたげたのではあるまいか・・・。

しかも、こともあろうに、民進党の内部からも、そのことを促す声があるそうだ(!)。
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蓮舫さん、アナタがそのことに応じるということは、政治家としてのアナタと、そしてアナタの党の弔鐘を、自らの手で鳴らすということですよ。

私は、少なくとも、安倍さんよりも、ちょっとだけアナタのほうが好きなんですけどね。

こんなこと言っても、もう遅いか・・・。






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# by sido-nikki | 2017-07-13 13:33 | その他のこと | Comments(0)