ブログトップ

日々のしをり

liaison11.exblog.jp

松林図屏風

                          【追記】あり
           長谷川等伯『松林図屏風』   
d0215266_21325566.jpg
            左隻 (クリックで拡大)

d0215266_22285220.jpg
            右隻 (クリックで拡大)


ちょっと調べものをしていたら、たまたま長谷川等伯の「松林図屏風」に行き当たった。

もうかれこれ二十年近くも前になると思うが、出光美術館でその屏風画を初めて目にして、やや暫くその場を離れられなかったことを思い出してしまった。

すると、その時の気持ちが鮮明に甦ってきたので、なんとか一句にしてみた。


            かそけ              
        佇みて我も幽し霧の中   子瞳




【追記】(4月25日記)
d0215266_12142945.jpg
                 
昨日、御代田町の雪窓公園の桜を観に行ってきた。
                
満開はやや過ぎて、そろそろ「散り初め」の感じか。

平日の月曜日、母と小さな子が多い。



      花見る子もの覚ゆれば哀しみも  子瞳

             


==============================

(ご注意)
このブログ下などに掲載されている広告は、全てブログ会社が掲載しているもので、私とは一切関係ございません。     /Sido 

[PR]
# by sido-nikki | 2017-04-23 15:27 | 芸術の話 | Comments(0)

会話というもの


d0215266_22132810.jpg
     つい最近、スマホを iPhone に変えたらしいトランプさん。


先日アメリカのニュースを見ていたら、トランプ大統領の人形だったかそっくりさんだったかが、スマホに向かって「Siri!、IS(イスラム国)をどうしたら倒せるんだ!?」と訊いていた。

              ●

そのMacの音声認識&発声機能を持つSiriに「こんにちは」と話しかけると、お姉さん(の声)も「こんにちは」とすぐに返事してくれる。

でも、「いつもおきれいですね」とおべんちゃらを言ったり「おいくつ?」と訊くと、「それはおもしろい質問ですね」とはぐらかされる。(別に、「いつもおきれいですね」は質問じゃないのに)

              ●

めげずに「仕事はお好きですか」と訊くと、「私は自分の仕事が大好きです」と、かなり生真面目で、仕事に対するモラールは高い。

だが、「好きな食べ物は?」とか「スティーブ・ジョブズは好きですか?」と訊くと、少しキレ気味で「私の好みなんて、気にしないでください」と素っ気ない。

さらに、「あなたのご出身は?」と訊くと、「自分の話はあまりしたくないんです」と故郷で何があったのかガードが堅く、仕事は優秀でも冷たくて可愛げはあまりない。

              ●

人間のように応答するそんなコンピュータといえば、SF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」(1968年)におけるHALを思い出すが、あの程度の会話は技術的にはとっくに凌駕しているのだろう。

Siriは音声で検索や起動のための機能であっても会話そのものが主目的ではないので、もしそれを主目的に開発したら、HALよりもはるかに高度な会話が可能かも知れない。(今度ぜひ作ってほしい)

              ●

もうずいぶん昔、今から20年近くも前だったろうか、姪っ子が、「人面魚」とかいう名前のちょっとユニークなゲームに嵌まっていた。

そのゲームは、通常のゲームとは違って、その名の通り人面魚、全然可愛くない、というよりオジサンみたいな顔をした魚の不気味なキャラクターと遊ぶのだ。

それが画期的だったのは、音声認識&発声機能によって、水の中を泳ぐその人面魚が人の声を聴き取って、そして話すのだ。

              ●

なんであれ、ゲームというものに今日に到るも全く興味の持てない私も、その時ばかりはちょっと興味を惹かれ、どんなものかやってみたいと思った。

人とゲーム機が会話するなんて本当に成立するのだろうか・・・、と半信半疑で、というか、ほとんどナメて掛かって、さっそく借りて試してみた。
              ●

もう記憶も定かではないのだが、まずは呼ぶと池の鯉のように近づいてきて、「こんにちは」と言うと、人面魚も「コンニチハ」となかなか礼儀正しかった。

で、「元気?」なんてお愛想を言うと、シニカルなふてくされ気味の口調で「ゲンキダヨ」と答え、「アンタハ?」とか小生意気にもすぐタメ口を叩くので、「ああ、元気だよ」と私は答える。

              ●

人面魚が黙り込むとなんだか場が白けてしまうので、すぐにまた適当な質問をする。

すると、月並みな問いかけには、きっと想定された問答プログラムが用意されているのだろう、予想した以上に、どんどん会話が続いて行き、次第に微かな親しみさえも覚えてくる。

だが、プログラミングされていないであろう、ちょっと難しいことを言うと、「ワカンナイヨ」とブータレて、暗に話題を変えるよう人面魚が促すのだ。
              ●

それで、ついサービス精神が働いて、人面魚が理解できそうな(すなわちプログラムに入っていそうな)話題に振り向けると、再び会話は意外なほど続くのだ。

その時に、人間同士の会話も実はこんな風に、一見かなり無意味とも思われる言葉の遣り取りをしているのかも知れないなぁ・・・と思ったものだ。

会話とは、相手の考えを知るための単なる合目的的な質問応答だけでなくて、同じ言葉の鸚鵡返し、ただそれだけのことが無意味などころか、大いに人間関係の潤滑油になっているのだ。

              ●

知らない国、たとえば欧米の国に行った時に、お店に入って「コンニチハ」と現地の言葉でひと言挨拶するだけで、相手も「コンニチハ」と返してくれる。

すると、お互いに(相手だって東洋人が突然来て、無口なら少し緊張するだろう)緊張が解けて、なにかホッとしてしまう・・・。

              ●

そんな、相手と同じ言葉をただ反復してシンクロするということが会話の基本であって、それがいかに大切かを、あのナゲヤリな雰囲気の「人面魚」が教えてくれたことを、思い出してしまった。

考えてみると、幼い子供だって、可愛い「人面魚」みたいなものだからねぇ。




【追記1】

因みに、「人面魚 ゲーム」と入力して検索してみたら、それは「シーマン」という名のゲームだった。

しかも、それは一世を風靡した「たまごっち」みたいなオジサン人面魚の育成シミュレーションゲームで、そもそもは卵から毎日育てていくゲームだったようだ。

だから、あんなぞんざいな口の利き方をしたのは、既にかなり育っていて生意気盛りだったからで、もっと育てると、ひょっとすると顔つきや品が多少は良くなったのかも。

今頃になって、そんなこと知るとは・・・。




【追記2】

d0215266_22172430.jpg
   『東京物語』(1953年)。 相似形の構図で、「そろそろ帰ろうかぁ」


それでまた思い出したのだけれど、前回の話題にも出た小津監督の映画は、カメラ位置の「ローアングル」や二人が同じ方向を見て並ぶ「相似形の構図」という特徴的な様式が有名である。

その他にも小津映画ならではの特徴がいろいろあるが、私はいつも登場人物の会話に注目(注耳?)してしまう。

それは、一方の言ったことに対して、もう一方(笠智衆が多い)が「そおか・・・」とただ頷いたり、単純に相手の言葉を「○○○かねぇ」などとただ反復するシーンが多いのだ。

              ●

たとえば、前回の話の中のトリスバーでの笠智衆と加東大介のシーンに、こんな会話がある。

   加:「ねえ艦長、どうして日本負けたんすかねぇ」
   笠:「うん、ねぇ・・・」
   加:「けど艦長、これでもし日本が勝っていたら、
      どうなってたんすかねぇ」
   笠:「ああ、ねぇ・・・」

              ●

つまり、笠智衆は自分の考えを何ひとつ述べていないのだ。

だが、これでいいのだ。

加東大介だって、笠智衆の考えを訊きたくて言っている訳じゃなくて、ただ自分の気持ちを艦長が受けとめてくれるだけで十分なのだ。
              ●

ところが、このやりとりでの笠智衆は、外形的にはあの人面魚の方法論にとてもよく似ているのだ。
                          、、
内面的には、笠智衆の艦長には敢えて口に出さないだけで思いはあるが、人面魚にはプログラム上のテクニックはあっても、そこには敢えてそうする思いなど全くないにも関わらず似ているのだ。

その、会話のメカニズムとしては笠智衆も人面魚も同じように見えるところが、私にはとても興味深く思われる。

              ●

この笠智衆の対応は、日本人らしい、日本人だからこそ解る会話の抑制の妙なのだろうか・・・。

いや、いや、だったとしたら、小津映画はこれほどまでに世界中で高い評価は得られなかっただろう。

変な話だけど、天才的な詐欺師って、きっと無意識にでもこういうことを全て熟知してるんだろうね。




             
==============================

(ご注意)
このブログ下などに掲載されている広告は、全てブログ会社が掲載しているもので、私とは一切関係ございません。     /Sido 
[PR]
# by sido-nikki | 2017-04-21 09:41 | その他のこと | Comments(0)

トリスのCM


d0215266_116572.jpg
     大好きな小津安二郎監督の最後の作品『秋刀魚の味』より


私が上京して学生生活を送った60年代末~70年代初め頃は、学生が飲むウイスキーといえば、もう「トリス」ではなくて、サントリーなら「レッド」、ニッカなら「ハイニッカ」だった。

この二つの銘柄は同じような価格で、両方ともキツいアルコールのカドと言うかトゲと言うかそんな感じがあったが、なんとなく「ハイニッカ」の方がややまろやかで飲みやすかった記憶がある。

高度経済成長も絶頂期、レジャーブームを背景に、山口瞳による “トリスを飲んでHawaiiへ行こう!” という広告史に残るコピーのキャンペーンで一世を風靡した「トリス」も、国民の懐が暖まるにつれて口も多少奢ってきて、その頃には既に勢いは全く失せていた。

              ●

トイレットペーパー騒動のあったオイルショックの翌年春、ちょっぴり当初の予定よりも長かった学生生活を終え、入社して札幌の支社に配属されると、ススキノやその周辺のあちこちで緒先輩にいろいろゴチになった。

ある時、どこかやんちゃな感じの漂う先輩Hさんに連れられて、札幌でも一番美味いと評判の、店主が一人だけでカウンター席だけの小さな汚いジンギスカン料理屋に行った。(その店は火事で焼けてしまい、とっくの昔になくなった)

席に座るやいなや、先輩はすぐにウイスキー!と言った。(そこが2軒目だったのだろうか?)
              ●

すると、すぐ目の前のコワ~い顔したオバチャンが、見るからに不機嫌そうに、“うちは、トリスしかないよ!” といきなりケンカ腰、吐き捨てるようにそう言った。(文句あるならメニューに入れるなよ・・・)

私は少々ビビってしまったが、先輩は慣れているのだろう、その先制攻撃にひと言、“わかってるよ。” と、オバチャンに気圧される風でもなく、お愛想を言う風でもなく、平然と返した。

私は道産子なのにジンギスカンは不得手な方だが、その店の、小皿で出される厚切りの生肉が驚くほど旨かったこと、その無愛想で剣呑なオバチャン、そして70年代も間もなく半ばを迎えようとしていた頃の「トリス」のことが今でもまざまざと想い出される。

              ●

実は昨日見たのだが、思想家で武道家の内田樹氏のツイッター中の「トリス」という文字に触発されて、ついつい想い出話に及んでしまったが、その肝心の内田先生は下記のようにつぶやかれていた。

因みに、そのツイッター中にある小津映画『秋刀魚の味』(1962年)での、戦後もずいぶん経って偶然出会った戦艦の元艦長と部下の役柄の笠智衆と加藤大介との会話は、50年代後半〜60年代に全盛を極めたトリスバーでのシーンである。

百聞は一見に如かず、先ずは、なぜかフランス語の字幕入り!のこのシーンをYouTubeで、面倒でも〈日本酒の味-小津〉の意の仏語 GoutDuSake-Ozu をコピペで入力検索の上、ぜひご覧あれ。(フランス人が投稿したのだろうか?)

              ●
(@ levinassienより)

『秋刀魚の味』で加東大介が「負けてよかったじゃないか」という笠智衆の言葉に「そうかもしんねえな。バカな奴らが威張らなくなっただけでもね。あ、艦長、あんたのことじゃないですよ」というシーンをテレビCMで一日100回くらい流してくれないかな。もちろんトリスのCMで。

今の日本を一言で言えば「バカが威張っている社会」です。申し訳ないけど、それ以外に形容のしようがない。でも、けっこう賢い人だって政治家や官僚の中にいたはずなのに、こんなにあっさり「バカに埋没」したことに驚きます。戦前もきっと「こんなふう」だったんでしょうね。

「バカが威張る」時代になると「バカが偉くなる」だけでなく、バカでないと出世できないので、わりと賢い人たちまでが「このままで上がバカばかりになってしまう。国を救うためにも私がまず出世せねば」という理屈をつけて「バカのふりをする」ので、指導層が全部バカで覆い尽くされるのでした。


              ●

さすが内田先生(私と同い年・・・トホホ)、同感!意義なし!!

それで思い出したが、「バカが威張っている社会」といえば、馬鹿の語源ではないようだが、「鹿を指して馬と為す」という言葉があって、Web辞書には次のように解説されている。

(「故事ことわざ事典」より)

【鹿を指して馬と為す】
秦の始皇帝が死んだ後、悪臣の趙高が自分の権勢を試そうと二世皇帝に鹿を献上し、それを馬だと言って押し通してみた。しかし皆が趙高を恐れていたので、反対を唱えた者はおらず、「鹿です」と言った者は処刑された。「鹿を馬」「馬を鹿」ともいう。


              ●

首相を頭に、おもねへつらう(つまり忖度する)大臣はじめ政治家や官僚までが、揃いも揃って黒を白と平気で嘘を重ね、しかも、それに目をつむるメディア・・・、まるで今日のこの国のことのようではないか。

秦じゃないのだから処刑などされないのに、生殺与奪の権などと言ってひたすら恐れ、保身や出世、己のことのみ考えているぶざまは、そっくりだ。

そんな輩が、恥ずかしげもなく道徳教育が云々とか言っているのだから、笑止千万、片腹痛いとはこのことで、泥棒が警察官をやっているようなものだ。
              ●

戦争体験者の多くが亡くなられてゆくとともに、たかだか七、八十年ほど前の時代のことが、まるで加速度的に消えてゆくようだ。

重苦しい抑圧の記憶・・・、この国だけでも300万人以上もの人が死んだ悲しみの記憶・・・、飢えの記憶・・・、そして悔恨の記憶等々が・・・。
     、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
それらが、リアリティの欠落した観念的で勇ましい声の下、こうも見事なほどに忘れ去られ、為政者やメディアのモラルと、民の感度は、これほどまで酷く劣化するものなのか・・・。

              ●

私も、内田先生の言う通り、小津監督の遺作によるトリスのCMを、一日に100回も200回も、この国の隅々まで流したい。

始皇帝の没後、鹿を指して馬と為す愚に堕した秦は、僅か四年足らずで滅んだのだ・・・。




             
==============================

(ご注意)
このブログ下などに掲載されている広告は、全てブログ会社が掲載しているもので、私とは一切関係ございません。     /Sido 
[PR]
# by sido-nikki | 2017-04-16 11:30 | その他のこと | Comments(0)

真央ちゃんとヨナちゃん


d0215266_13195627.jpg
     バンクーバー五輪の表彰式で。二人共まだ10代だった。


このところネット上では、こともあろうに日韓で、真央ちゃんとライバルだったヨナちゃんを巡り、互いに二人を誹謗して、貶め合っているらしい。

それを知って、ほんとうに、がっかりしてしまった・・・。

              ●

どちらが勝者かは明らかだとか、トリプルアクセル飛べなかったくせにとか、いい加減にしてもらいたいものだ。

スポーツに限ったことじゃなくて、ものごと全て勝ち負けなの?

お互いの存在があったからこそ、二人ともあれほど切磋琢磨して、あれほど輝けたんじゃないの?

              ●

そりゃあ、互いに自国の選手を贔屓するのは自然な感情だけどね。

日本人が真央ちゃんのこと大好きなように、韓国人はヨナちゃんのこと大好きなんだよ。

韓国人がヨナちゃんのこと大好きなように、日本人は真央ちゃんのこと大好きなんだよ。

              ●

それぐらいの想像力すら働かさないで、殊更に優劣のみをあげつらって・・・。

自分達を幸せな気持ちにさせてくれた真央ちゃんやヨナちゃんさえも出しにして、感情を剥き出しにしてぶつけ合う・・・。

真央ちゃんも、ヨナちゃんも、そんなこときっと喜ばないよ。

              ●

冒頭に掲げた、あの時の写真を、もう一度よーくご覧なさい。

メダルが金だとか銀だとか、そんなこと遥かに超越して、二人に、なにか崇高ささえ感じないかなぁ。

決してきれいごと言ってるんじゃないんだよ。



        まばゆ
      早春の眩きほどにふたりいて   子瞳

             


==============================

(ご注意)
このブログ下などに掲載されている広告は、全てブログ会社が掲載しているもので、私とは一切関係ございません。     /Sido 
[PR]
# by sido-nikki | 2017-04-14 13:37 | その他のこと | Comments(0)

いつのまにか少女は

                          【追記】あり
d0215266_11423632.jpg
         ソチ五輪で、フリーの演技を終えて。


ゆうべ
昨晩テレビでニュースを見ていたら、途中で真央ちゃんがブログで引退を発表したという速報が流れた。

それから各局で、真央ちゃんの今日までの軌跡を繰り返し何度も目にした。

小さな小さな子供の頃の映像から、金メダルに届かなかったバンクーバー五輪での涙、夢は叶わなかったがソチ五輪でのあの感動のフリーの演技と涙・・・。

それを見ている内に、つい涙腺が緩んで、あの曲が想い出された。

私が好きな井上陽水の曲の中でも、とても好きな、「いつのまにか少女は」という曲だ。

まだ26歳だそうだ。

がんばったね、真央ちゃん。

まるで天女のようだったよ。

幸せになってね。






【追記】(4月12日昼)

d0215266_13385773.jpg
  最後の挨拶で、真央ちゃんは二度もカメラに背を向けて、涙を隠した・・・。


平日の昼日中、ずーっとテレビに釘付けだった。

今日ほど、隠居の身でよかったなぁ・・・と思ったことはない。

その現役引退会見に、ほんとうに心が浄められる想いがした。

選手としてだけじゃなくて人として、老若男女、人々をこれほど幸せな気持ちにさせ、そして人々にこれほど愛される存在が他にいただろうか。

真央ちゃんのことが大好きなこの国、どうして捨てたものじゃないね。

また、涙腺が緩んでしまったよ。




      花を目にあまねき心やはらかく   子瞳





【追記】(4月12日夜)

d0215266_14285553.jpg
    この国の吉祥であってほしい・・・。(「羽衣」部分/木村武山 )


引退会見でのいろいろな質問の中で、私が注目した質問があった。

それは、もし生まれ変わるとしたら、もう一度フィギアスケーターになりたいか?それとも別のものになりたいか?というものだった。

それに対して真央ちゃんは、「ん〜、あの〜、今こうして26歳までスケートをやって、全てやりきってもう何も悔いはないので、もしもう一度人生があるならスケートの道は行かないと思います。」ときっぱり答えた。

そうなんだ・・・。

質問は、例えば何になりたいというものはあるか?と続いた。

すると真央ちゃんは、「いや〜、ほんとうにいろいろありますね~、なんだろ・・・、私、でも食べることが大好きなので、ケーキ屋さんとかカフェとか、そういうレストランだったり、そういうのをやっていたのかなと思ったりもします。」と答えた。

そうなんだ・・・。

じゃあ、もしオジサンも生まれ変わったら、毎日、真央ちゃんのお店に行くからね~。

             




==============================

(ご注意)
このブログ下などに掲載されている広告は、全てブログ会社が掲載しているもので、私とは一切関係ございません。     /Sido 
[PR]
# by sido-nikki | 2017-04-11 11:49 | 心に残ること | Comments(0)